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新刊『「つなみ」の子どもたち』

2011年12月07日 · 未分類

「つなみ」の子どもたち
 新刊が出ました。『「つなみ」の子どもたち』
『つなみ 被災地の子ども80人の作文集』の取材で出会った家族のうち、10組の家族の7ヶ月間の過程を追ったものです。帯に「喪失と再生のドキュメント」と書かれてますが、まさにそんなドキュメントです。
「震災」「被災者」とひと括りにされると見えないものがあります。それぞれの町でいろんな暮らしや家族があって、当然ながら、そこには土地の歴史もあれば、家族自体の歴史もあります。
 なぜ彼らが被災してつらいのか、なぜその土地から移らないのか、なぜそこで暮らそうとするのか。被災していない人にはわかりにくい疑問でしょうが、そんな問いに対する答えも、毎月彼らに会って長時間の話を聞く中でぼんやり浮かんできたように思います。
 正直に言って、話を聞く側も精神的にけっして楽ではない取材でした。親をなくしたり、配偶者をなくしたり、買ったばかりの家が流されたり。その人がどんな人で、どんな風に暮らしてきて、将来こんな暮らしを送ろうと考えていて、と深い話を聞けば聞くほど、こちらも抱えるものが大きくなったからです。しかも、その部屋の窓の向こうに拡がる現実とどう折り合いをつけるのかもわからない。
 それでも、その厳しさをなんとか受け入れて(まだ受け入れていない人もいる)、乗り越えていこうとする。その過程を、(取材する中で見えてきた)いくつかのテーマに絞って追ってきたものです。
 被災者は何十万人といるのでここで紹介するのは、ほんのわずかな話でしかありません。でも、読んでもらえれば、なぜ僕がこの家族の過程を紹介したいと思ったのか、きっとわかってくれるかと思います。
 ぜひ手にとって読んでいただければと思っています。そして、まだ終わっていない被災の現実、そこで前を向こうとしている人たちがいることに、すこし思いを馳せていただければと願っています。
 よろしくお願いいたします。

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「つなみ 被災地のこども80人の作文集」

2011年07月09日 · 未分類

 すっかり遅くなってしまいましたが、ご連絡です。
 僕がこの数ヶ月力を入れてきた本、というか、雑誌が出ました。といっても、書き手は僕ではありません。岩手、宮城の保育園児、小学生、中学生、高校生の子どもたちです。
『つなみ 被災地のこども80人の作文集』
 月刊『文藝春秋』の臨時増刊号です。
つなみ画像
 すでに多数のメディアに紹介されているほか、たいへんな反響をいただいています。

 震災以来、宮城と岩手の被災地へは6回足を運んできましたが、そこで一番注力していたのが子どもたちへの作文の依頼、そして、またそのご家族への取材でした。
 その結果、計86名の子どもたちに作文を書いていただくことができ、本書にまとめることができました。

 震災からしばらくして、子どもに関する取材をしようとしていました。
 きっかけは2段階あります。
 最初のきっかけは震災から1週間目に足を運んだ大槌町での風景でした。ある小学校の避難所で、災害担当の人から話を聞いているとき、子どもが後ろではしゃいで走り回っていたのですが、それを見た古老が「うるさい! 静かにしなさい!」と怒鳴りつけていたのです。小学校低学年ほどの子どもでしたが、その叱責をうけて、彼らはシンとなってしまった。まだ震災から日も浅く、誰もがイライラしているような時期だったので、仕方がないと言えば仕方がないとも言えたのですが、「それにしても……」という感慨もまた拭えませんでした。
 ところが、避難所の外に出ると、ボールなどで元気に遊んでいる子どもたちもいるわけです。たいへんな体験をしている子も少なくないだろうに、それでも子どもは遊ぶんだよな、子どもは強いな……と、そんなぼんやりした感慨をもっていました。そこで戻ってから、震災を体験した子どもの取材を考えました。すでに震災孤児の話なども上がりつつあり、当初はそちらで取材を進めようと考えていたのです。
 そんな時、資料で吉村昭氏の『三陸海岸大津波』を読みました。
 同書は明治29年、昭和8年、昭和29年という3度の津波を経験している三陸の地域を吉村氏が取材し、まとめた本ですが、その本の核ともいうべき部分が「子供の眼」という章でした。この章は昭和8年の大津波に際して、田老町(現宮古市田老)の尋常高等小学校の子供たちが寄せた作文を収録したものです。
<山で、つなみを見ました。
 白いけむりのようで、おっかない音がきこえました。火じもあって、みんながなきました。>
 そんな幼い文章がそこには複数ありました。
 どれも表現は拙いものです。けれど、そこに綴られた痛ましさ、悲しさはきっちりとした大人の言葉をはるかに越えて伝わるものでした。拙いがゆえに、津波のおそろしさ、そこで起きた悲劇が実感をもっていたのです。
 今回の震災に際して、もう二度と悲劇を繰り返さないためには、また、将来にわたってこの惨事を伝えていくのに、何ができるのか──。
 そう考えたとき、まさに子どもの作文こそ有効ではないかと思いました。
 そうして、名取市、仙台市、石巻市を回りだしたのが4月の半ばでした。
 
 ためらいがなかったわけではありません。震災から日が浅い時期でもあり、心のケアという点で触れないほうがいいという考えもあるだろうと思いました。一方で、複数の専門家にうかがったところ、甚大な災害に際して、語ること、伝えることでそのストレスを軽減するという意見もありました。
 そこで、避難所を回るときには無理強いはせず、保護者とともに趣旨を説明し、「やってもいい」「書きたい」という子にお願いすることにしました。

 結果的には、作文を書いてくれた子は86人にも達しました。これほど多くの子が書いてくれるとは、私にとっても驚きでした。
 依頼したのはシンプルで、3月11日をどこでどのように過ごしたか、また、その後の月日をどのように過ごしてきたかということ。返ってきた作文には、においや音といった五感が駆使され、その時の様子がありありとわかるようなものが多数ありました。
 しかし、子どもたちが綴ったものはそれだけではありません。両親や祖父母、兄弟など家族への思い、あるいは、避難所で自分たちを支援してくれた自衛隊や医療関係者などへの感謝の念、そして復興への強い思い……。それらはすべて自分の意志で書いたものでした(多くの親は「最初に読んだら子どもにわるいから」と読んでいませんでした)。そこに私は驚き、また、希望を覚えました。
 また、引き受けてくれた子は真面目に接してくれた子がほとんどでした。下書きを経て清書してくれた子も多く、受け取りに行った際、「途中だから、ちょっと待ってて」と言った子は避難所で腹ばいになりながら、数枚の下書き原稿用紙と格闘しているところでした。
 この作文は義務でもなく、学校の宿題でもありません。いわば、途中でやめてもかまわなかったものです(実際、途中で書くのを忘れたり、やめてしまったという子も十人余りいました)。けれども、大半の子どもたちはしっかりとこちらの思いを受けとめ、書いてくれた。その事実自体に、子どもたちの「伝えたい」という思いを感じたりもするのです。
 本書は、活字もありますが、原稿用紙をそのまま撮影しているページも少なくありません。鉛筆の質感からは彼らが書いていたときの思いや息づかいまで伝わるものです。ぜひお手にとっていただき、じっくりと読んでいただければと思います。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

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2011_03_28「3.11後の日本:新しいエネルギーへ」

2011年04月01日 · 未分類

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 森 健の『ニュースを解く読書』
     — Dive Into Books with News — 2011/03/28 vol.16

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<< CONTENTS >>
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【1】今週のテーマ >> 「3.11後の日本:新しいエネルギーへ」
【2】今週の1冊    >>『ヨーロッパ環境対策最前線』片野優
  <書名・著者・出版社・定価・amazonリンク>
  <版元による「内容紹介」の引用>
  <目次>
【3】付記
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◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
【1】今週のテーマ 「3.11後の日本:新しいエネルギーへ」
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 ヒロシマ、ナガサキ。まさかこの後にもう一つ別の県の名が世界に知れ渡
るとは思いもしなかった。いまやフクシマは世界が注目する土地となってし
まった。世界に例のない三度目の被爆。放射性物質はいまなお放出を続けて
いる。米、仏、中、韓ほか、世界のトップレベルの技術者、研究者、事業者
が日本に集まって、フクシマの収束に挑戦している。

 すでに再臨界を示すチェレンコフ光も確認されており、燃料棒の溶融やそ
れにともなうセシウムの放出も近隣で確認されている。まさに一刻の猶予も
ならぬ事態だ。だが、直近の事態はと言えば、格納容器への水の注入どころ
か、大量の放射性物質を含む汚染された水が作業用トンネル(トレンチ)に
貯まっていることが判明。2号機のトレンチには6000立方メートル、1号機
と3号機、さらに4号機の地下にも1万トンあまりが確認された。それを除去
せねば事態は進まず、3月末時点の現在はその除去に作業チームは注力するこ
とになっている。

 いずれにしても、フクシマの封じ込め作業は長期化する。元原子力安全委
員会の松浦祥次郎も「今回は汚染低減作業に非常に手間がかかる。廃炉はお
そらく20~30年では終わらない」と明言した。
 汚染水が除去できたとして、その次には注水と冷却作業の正常化があり、
それが数十年続けられたのちに、コンクリートで「石棺」づけにする作業と
なる。そこに行くまでが数十年ということだ。

 2号前にも記したことだが、もはや放射性物質の拡散は(少なくとも)関
東および東北にとっては日常的なものとなってしまった。これは確定的なこ
とだ。あとは、その被害がどの程度増えるか減るかという増減の規模の問題
と最終的な石棺づけがいつごろになるかという時間の問題だ。
 とくにセシウムが降下した地域については、居住はもちろん、農業など生
産活動もおよそ半世紀は使用できなくなる。いまなお福島原発の近隣では、
高齢者や農家など動くに動けない1万人近い人たちが居残っているとされる
が、強制退去にまでは至っていない。この人たちも移動までは時間の問題だ
ろう。

 おそらく原発の作業が一服ついたあとは、周辺区域(おそらく30キロ圏
内)は出はいりができなくなり、双葉町と大熊町は自治体がなくなるだろう。
すでに三陸沿岸の被災者は十数万人単位で他の都道府県に一時的退避をして
いるが、その地域にも戻ることができない人たちも増えそうだ。宮城などは
激しい地盤沈下も起きており、そこに大量の海水の浸水が残っている。戻る
に戻れないばかりか遺体の収容さえ終わっていない。

 カトリーナで水没した米国、豪雨と洪水で水没したドイツなどいくつかの
例はあるが、自然災害でここまでのレベルで被害を被った国は先進国では初
だろう。なによりも原発でこうした被害を被った先進国もないからだ。

 復興については、自治体、企業(工場)、住民、などさまざまなレイヤー
があるが、ひとつエネルギーということだけに限れば、もはや原発を増やそ
うと考える日本人はいまは皆無だろう。
 原発をなくせという思いもしばしば見聞きするが、停止から廃炉にするに
は、やはり時間がかかることはフクシマと変わらない。1998年に廃炉を決
定した東海村にある日本原子力発電東海発電所は2021年まで段階的に進め
ているとされる。もちろんその間も放射線は微量でも出続けており、廃炉を
決定したからそこで終わりというわけではないのだ。

 そこで今回からは「3.11後の日本」として、あらたにシリーズをはじめ
ようと思う。
 復興、復興と早足で進んでいく時勢に対し、どこまで歩調をあわせること
ができるのかわからない。また、複数のレイヤーが同時に動いている中で、
提言まで含めてどこまでできるのかは不明だ。この国難に際して、報道の主
軸はテレビとネットに移っており、新聞はより専門的な話か生活ベースの話
が増え、雑誌は総括的な話か提言、あるいは大手メディアに掲載されない裏
話的な方向で活路を見出している。
 そういう中で、どこまで生なレポートや有効的な提言を出せるのか、心も
とないのが正直な感想だ。だが、それでも少しでも有効な情報を出していけ
ればと思っている。

 いまの事態を受け止めて、前に進むには2つの作業に大別される。
 ひとつは今回の大規模災害が起きてしまったことの検証。どちらかと言え
ば、後ろ向きな作業だが、それなしに適切で建設的な議論もできないのも事
実だろう。
 もう一つは、それらの失敗や間違いを踏まえて、新しい日本を構築するた
めの処方や対策の提示だ。「復興」とただ叫ぶののは簡単だが、たとえば、
沿岸部の地域を以前の同じにするにはお金も時間もかかりすぎるし、また、
何の工夫もないのではまた同じ失敗を繰り返すに過ぎない。であるなら、あ
らたな社会を設計するに際して、新しい日本をつくらねばならない。実際、
小さな自治体ではかりに住民が戻るとしてもその数は減るだろうし、そうな
ったときの税収ではインフラはもちろん、医療も商業も教育も立ちゆかない
のは自明だ。ただでさえ、少子高齢化で人が少なくなるのに、すべてが破壊
されたところで組み直しをするのであれば、より合理的で建設的で妥当性の
ある、そして持続可能な社会をつくらねばならない。
 実際には、この有事のような状況の中、前向きのも後ろ向きのも同時に進
んでいくだろうし、そうでなくてはならない。また、そうした観点を政府も
もっているだろうが(もっていなければ困る)、こちらもできる範囲で情報
を出したり、検証したりしていきたい。

※以下はfoomiiをお読みください。

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2011_03_21「被災地で教えられたこと」

2011年03月31日 · 未分類

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 森 健の『ニュースを解く読書』
     — Dive Into Books with News — 2011/03/21 vol.15

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<< CONTENTS >>
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【1】今週のテーマ >> 「被災地で教えられたこと」
【2】おまけ
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【1】今週のテーマ 「被災地で教えられたこと」
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 日々刻々と変わる事態、それも一向に好転せず、悪化する一方という中で、
何をどこまで言えるのか。3月30日現在、トレンチに貯まった汚染水の処理
をに乗り出しているが、事態を注視すればするほど悲観的な実像が浮かんで
くる。
 原発のことは挙げていけばきりがないが、それは次回以降に回したい。
 今回はおすすめ読書には触れず、先日行った岩手大槌町での取材について
あったこと、感じたことを述べてみたい。

 私が岩手県大槌町に入ったのは3/19朝で秋田空港からだった。レンタカ
ーを使いたくともその時点では東北自動車道は開通しておらず、ガソリンも
通行許可証をもつ緊急車両以外は通れないところが多かった。また、震災か
ら一週間のその時点では橋梁やバイパスなどが地震や津波で寸断されている
ところも多く、国土交通省や県でも実態をつかめていない状態だった。
 また空路は花巻はつねに満席で確保できない状態。そこで秋田から入って
向かうことになったのだ

 雪で覆われた秋田から岩手に入り、花巻、遠野、東和と東に向かう中で、
とくに震災らしい風景は目にしていない。目についたものと言えば、各県か
らやってきた救急車や救護車、タンクローリー。列をなして高速を走ってい
た。なんば、北海道、高松といった名前が並んで被災地へと目指していた。
 小高い里山が並ぶ中山間地域を進んで4時間近く。「大槌町」の道路標識
を越しても、風景はほとんど変わることがなかった。震災の被害はいったい
どこにあるのだろう。そんな感慨までもちはじめた頃だった。市街地へ向か
う川沿いの道に入りだしてしばらくのところで、突然風景が変わりだした。
 家屋などが破砕したと思われる木材が山と泥やゴミと一緒に道端に積まれ
だしたのだ。そこからの風景はまったくの別物だった。

 おそらくは以前はそこに家があっただろう一帯が何もなくなり、瓦礫の山
と化している。車はあちこちで放置、ないしは捨て置かれており、天井がつ
ぶれたり、横転したままになったりしている。窓を開けると、速い風に乗っ
て潮、泥、ゴミ、焼け焦げたものなどが混ざった臭いが鼻をつく。
 道路沿いにあった家々は、当初は浸水程度と見分けられる形があったが、
次第に影も形もなくなっていき、木材や鉄骨、見るも無残なゴミと化した
家財道具など瓦礫の平地に変貌していった。

 大槌町の主要市街地は自衛隊による瓦礫の撤去作業中で、入ることができ
なかった。そこでまずは車で通れるようになっている国道45号沿いに釜石
方面へ。だが、釜石への道もこの時点では通行不可だった。諦めて、北側の
吉里吉里地区や浪板海岸、山田町方面へと走らせた。
 状況は変わらなかった。どこへ車を走らせても、海沿いの道を囲むのは、
家やビルだったであろう鉄くずや木材ばかり。車が1階に突っ込んでいる
くらいならまだよいほうで、5メートルの堤防の上に、逆さになった木造
家屋の2階部分が乗っていたり、鉄筋ビルの上に中型船がまるごと乗って
いたりというところもあった。

 しばらく車で状況をおおまかに把握した時点で、そこから避難所に向かっ
ての取材としたが、異様な風景ばかりを目にしたせいで、何かぐらりとめま
いがするような感覚が頭にあった。まだ脳で処理できていない異物が頭か胸
のどこかに残っている感覚。
 だが、感傷にひたっている時間はなかった。その時点で13時45分。日が
暮れればまだ電気が通っていない避難所に押しかけることもできない。大型
のデイバッグからノートとペン、カメラを取り出すと、車から飛び出してい
った。

※以下はfoomiiをお読みください。

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2011_03_18「2011.03.11 核と暮らす日々」

2011年03月18日 · 未分類

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 森 健の『ニュースを解く読書』
     — Dive Into Books with News — 2011/03/17 vol.14

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<< CONTENTS >>
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【1】今週のテーマ >> 「2011.03.11 核と暮らす日々」
【2】今週の1冊    >>『楽しい終末』池澤夏樹
  <書名・著者・出版社・定価・amazonリンク>
  <版元による「内容紹介」の引用>
  <目次>
  <要約>
【3】解説と雑感 >>
【4】おまけ
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【1】今週のテーマ 「2011.03.11 核と暮らす日々」
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 それが来たのは、東芝の取材を終えて浜松町の貿易センタービル内を歩い
ているところだった。次のアポイントまで1時間15分。遅いご飯でも食べよ
うかとビル内の文教堂書店でも入ろうと思ったところで、揺れが来た。

 誰もが思うように、私も最初はめまいかと思った。だが、次の瞬間には音
を立てるような揺れがあり、あちこちで声があがり、1Fの出口へと急いだ。
出口付近は付近のサラリーマンが次々と出てきてあふれんばかりになってい
た。
 その後、アポイントのために築地の朝日新聞社に歩いていったが、すでに
道々はサラリーマンの人たち。16時に元朝日OBで国際基督教大学の佐柄木
俊郎客員教授と会うと、佐柄木氏も日比谷から歩いてきたとのことだった。

 45分ほど打ち合わせをし、屋外に出ると、築地市場駅の出口におばさんた
ちがいた。聞けば、すべての地下鉄、すべての電車が停止中とのこと。それ
を聞いて覚悟を決め、駒沢の家まで歩いて帰ることにした。
 新橋の駅では汐留に至るほどの長蛇の列。渋谷行きのバスとのことで「3
時間はかかるかしら」とおばさんに言われた。外堀通りからアメリカ大使館
の脇を通り、六本木へ。徒歩1時間でちょうど六本木一丁目あたりだった。
歩道はすべて家路へ急ぐ人たちでぎっしりと満たされ、車道は大混雑。とき
どきその列の間を救急車が走り、緊張を煽る。携帯でしゃべっている人も時
々いるが、自分の電話はまるでつながらない。

 築地からの2時間半は早走りのような状態だったが、歩きながら「まるで
東海地震の予行練習のようだな」などと、いまから思えば間抜けなことを考
えていた。ほんとうに東海地震が起きても、これくらいの程度なら大丈夫な
んじゃないか。そんなことまで思ったほどだ。
 遠い北の地で起きていることにまったく気づいていなかったからだ。

21世紀という新世紀のはじまり、2001年の変化を感じたのは2001年9
月11日のことだった。あれから10年、2011年からの10年代のはじまりが
こんなかたちで始まるとはまったく予想していなかった。
 人口減少や少子高齢化、新興国の台頭など変化はもちろんある。だが、い
ずれも3/11に起きたことと比べれば、小さい問題に思える。
 事態はすでにどんどん進展しているので、細かい進行は記さない。
 だが、宮城県、岩手県、福島県、青森県を中心に被災して亡くなった方は
すでに5000人を超え、ほぼ確実に1万数千人に上ると見られている。また
倒壊もしくは破壊された家屋も数万棟に及んでおり、被災して避難している
人は35万人以上とされる。
 地震と津波。それがすべてを変えてしまった。
 そしていまなお大きな課題から逃れられていない。いや、この先逃げるこ
とはできないだろう難題がある。
 原発だ。

すでに1、2、3、4号機が燃料棒露出で放射性物質を放出している。
 いま現在は自衛隊や警視庁が水を投下したり、懸命の努力をしている。い
ずれの原発も使用不能は確実であり、あとはどの程度ソフトランディングで
きるかにかかっている。ソフトランディングといっても、すぐ終わるわけで
はない。数年単位で冷却しつづけ、そこで再臨界を防ぎながら、しかるべき
時期にコンクリートなどで「石棺」づけにするのを待つだけの話だ。
 最悪の事態は格納容器が破裂するような事態だが、そうならなくても、も
う福島県浜通りに住む人は劇的に減少するだろう。現在は20~30キロ県内
の住民に退避勧告を行っているくらいだが、かりにうまく収束できたとして
も、あの地に戻りたい人がどれだけいることか。住民感情に配慮すれば、そ
ういう言い方はすべきではないというのは重々承知しているが、すでに現地
から逃避している人たちの姿を見れば、そう考えずにはいられない。

 もちろんそれは津波によって激甚な被害をうけた三陸沿岸の町の人たちに
も言えるだろう。南三陸町や陸前高田市、大槌町など、町自体がすべて流さ
れたような状態では、復興を進めるとしても、相当数の人が戻らない、ある
いは戻れないだろうと思われる。実際、三陸沿岸では明治38年以来、これ
までに3度も津波の被害を受けてきている。そのたびに復興してきたのだが、
これほど大きな──想定をはるかに超える──被害を被った現在、同じ土地
でやり直すにも再考せざるをえないだろう。あの悪魔のような所業がいつ再
現されると想像すれば、よほど特別な思いがなければ留まらない選択をする
ほうが自然だからだ。

 津波災害の話はまだ続けたいが、今回ここで触れたいのは原発の話だ。
 原発がいかに危険か、東京電力は米エネルギー省の勧告も聞き入れてなか
ったとか、この問題だけでもさまざまレイヤーがあるのだが、ひとつだけは
っきりしているのは、どんな形に落ち着くにせよ、今後わたしたち日本人は
放射性物質の放出量を日々確認しなければいけない生活が始まるということ
だ。電力不足で仕事のあり方も変わるだろうし、その内容によって生き方も
変わるだろう。劇的に、急速に変わる部分もあれば、静かに、ゆっくりと変
わる部分もあるだろう。だが、変わることは確実だ。
 天候や気温とともに風向きを気にし、各地に設置されたガイガーカウンタ
ーの数値を気にしてから外出する(すでに文科省がYahoo!などに定期配信を
はじめた)。そういう新しい習慣ができる。
 何にも気にせずに外に出るということはなくなり、帽子をかぶったり、マ
スクをしたりということが日常的に必要となる日々となる。日常的、潜在的
につねに放射性物質の飛散、拡散を気にするような日々となる。
 そんな大きな変化が起きてしまったということだ。

 ハードランディングであっても、東京圏内への影響は少ないといまのとこ
ろは言われている。それは政府や東電などではなく、過去のデータに基づい
た知見から語っている研究者や関係者だ。反対の意見の人はもっと多いし、
そちらの意見が正しい可能性も完全に否定はできないが、私自身はいまのと
ころ、すべて滅亡するような極論には与しないし、そうは思わない。
 もちろんそれは今後の状況次第であって、いま断定はできない。だが、過
去の米スリーマイル島の事故、旧ソ連のチェルノブイリ事故、1999年の東
海村の臨界事故などの事例とそれを元に述べた研究者の弁からそう判断して
いる。
 ただ、ハードであれ、ソフトであれ、放射性物質が極微量でも出続けるこ
とは間違いないことであり、それはなくすことはできない。それは放射線の
問題とは別に、わたしたちのメンタルに少なくない影響を与えるものだろう。
 どんなに微量であっても出ているのであれば、何をするにしても、外出す
る際にはすこし原発のことが気になる。
 それが日常生活に溶け込んだ場合、同じ日常生活であってもこれまでの日
常生活とはまるで別の光景となるはずだ。

「核と暮らす日々」
 言ってみれば、それがこれからのわたしたちの生活と言えるだろう。

今回の本を選ぶに際し、最初に考えていた本はこれだった。
 『東海村臨界事故 被爆治療83日間の記録』NHK取材班 岩波書店
 20000倍という放射線の「青い光」を間近に浴び、被爆したことでなく
なった大内久氏の治療を東大医科研が取り組んだルポだ。だが、あまりに衝
撃的な内容でもあり、今回は見送った(ところが、さっき調べてみたら、い
まはこのテレビの内容がそのままYouTubeやニコニコ動画に出ているような
ので興味がある向きはそのまま見ていただきたい。本には掲載されていない
被爆で皮膚がただれていく写真も出ているので、注意が必要だが)。そもそ
もまだ甚大な被害(いまでも甚大ではあるのだが)が出ていない段階で、こ
の本のような内容を出すことは慎まれるべきだと思ったからだ。

 そこで選んだのは、まさに「核と暮らす日々」というタイトルの章を含ん
だ本、池澤夏樹氏の『楽しい終末』だ。

『楽しい終末』自体は核のことだけを扱っているわけではなく、地球の砂漠
化や大気汚染など、人間の文明や発展とその功罪について、池澤氏が深い知
識と教養を振り絞るように考察したものだ。その考察集の二つ目で池澤氏は
「核」を扱い、そこで終えることができずに、もう一つ続きまで書いている。
 初出は1990年のことなので、すでに20年も前の話だ。だが、ここで彼が
踏み込んでいる論考は、いまなお深く広く読者にも自省を促す内容になって
いる。そして、この「核と暮らす日々」には、たまたま福島原発に関する記
述もある(もちろんそんなことは池澤氏は望んでいなかっただろうが)。

 個人的にも、この本からわたしが得たものは大きい。
 科学と社会の関係を書いていこうと思った動機のひとつにもなっていると
言えるほどだ。もともと池澤氏の本は詩集も含め、ほぼ読んでいたが、なか
でもこの本のインパクトは大きかった。図々しくも、こんな本を書いてみた
いと思ったし、文体も氏から教えられた部分もある。

 じつは、久しぶりにこの本を読み返そうと思って書棚から取り出したのが
今年の正月くらいだった。その時に1章だけ読み返して、ふたたび放り出し
ていたのだが、いま改めてよもうと目次を見たら、こんな項目もあった。
「洪水の後の風景」
 ぞれを見て、すこしばかり恐ろしさを覚えた。

 本書では要約というものに価値があるとは思えない。ビジネス本や各論の
本なら要約でもいいだろうが、本書はそういう類の本ではないからだ。
 そこで今回は要約ではなく、池澤氏の文章をいくつか引用する。そして、
その言葉から読者にはいろいろと考えてほしい。そして、できたら購入して
原文にあたっていただきたい。そうしたほうが本書の真意も伝わりやすいと
思うからだ。
 いまアマゾンを見ると、マーケットプレイスでしか売られていないようだ
が、ぜひ手にとって読んでいただきたい本である。

 じつはわたしも明日から被災地への取材に出る。
 つらい話を聞くことになるだろうが、迷惑をかけない範囲で耳を傾けよう
と思う。また、荷物は自分のものよりも被災された方に渡せるものを多く積
んでおり、わずかながらも話を聞く中で渡せることができればと思っている。

※続きはfoomiiでお読みください。

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2011_03_07「グローバル化の実相4:対立が加速する資源争奪」

2011年03月07日 · 未分類

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 森 健の『ニュースを解く読書』
     — Dive Into Books with News — 2011/03/07 vol.13

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<< CONTENTS >>
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【1】今週のテーマ >>「グローバル化の実相4:対立が加速する資源争奪」
【2】今週の1冊    >>『資源を読む』 柴田明夫・丸紅経済研究所
  <書名・著者・出版社・定価・amazonリンク>
  <版元による「内容紹介」の引用>
  <目次>
  <要約>
【3】解説と雑感 >>「野蛮な時代に逆行」
【4】おまけ
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【1】今週のテーマ 「グローバル化の実相4:対立が加速する資源争奪」
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 グローバル化の問題は多方面にあり、それを指摘する本もまた昨今は少な
くない。
 前回紹介した『ランドラッシュ』は世界的な食料争奪の現場、現状を記し
たものだが、もう一つわれわれの生活で欠かせない資源もまた世界的に奪い
あいとなっている。
 折しも、昨今は中東情勢の悪化により、原油の高騰が続いており、ガソリ
ン価格は上昇を続けている。3年前には200円/Lまで迫ったときもあり、国
民的にも大きな政治的話題となった(いや、生活的話題というべきか)。
 その資源について、今回は指摘したい。

 世界ではいろんな業界で合併やM&Aが起きているが、この資源業界もま
た同じ流れにある。とくにその代表格である石油業界は、この十年余絶えず
買収を繰り返してきた。
 1998年には石油大手のBPがアモコを、2000年にはアルコを買収。2001
年にはシェブロンがテキサコを統合した。石油メジャーはセブンシスターズ
と呼ばれていたが、4グループに再編された。

日本でも事情は変わらない。筆者がバイクに乗り出した頃──80年代半ば
には石油元売り企業は15~16社あった。当時は、どこどこのガソリンは薄
めているのでフケが悪い、といった話も日常的に囁かれていたし、ガソリン
スタンドの看板にはさまざまなロゴマークが踊っていたものだ。それが現在、
日本での石油元売り企業も4大グループに集約されている。要は、四半世紀
の間にその数は3分の1ほどに減ってしまった。この数年でも2009年に新日
本石油とジャパンエナジーを傘下にもつ新日鉱ホールディングスが合併して
持ち株会社を設立したのが記憶に新しい。
 ひとつ言えるのは、こうした統合の流れは今後も一層加速するだろうとい
うことだ。

 今週紹介するのは、『資源を読む』。
 以前、レアメタルの中村繁夫氏の本を紹介した際に、「さらにもう1冊」
として紹介した本だ。
 資源に関して、著者で丸紅経済研究所の柴田明夫氏の著書は多く、いずれ
の本も有益である。また新しい本も出ているが、若干煽り気味のものもある。
本書はそれらの中で、もっともコンパクトで、あまり煽りも少ないが、それ
だけに冷静に現状を分析できてもいる。

 あっと驚くような内容ではないが、そこで指摘されている資源の未来は、
やはり非常に経済的な厳しさを思わせる。
 今後の資源情勢を一言で言えば、先進国と新興国の奪い合いということに
なる。実際、鉄鉱石や石炭など豪州では中国の国家資本が買い占めに走って
もいる。豪州はその危険に気づいて、国会で合併を無効にしたりした経緯も
ある。
 すでにそんな奪い合いははじまっているのだ。

その行く末はどうなるのか。結論は本書の要約を述べてからにする。

※続きはfoomiiでお読みください。

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2011_02_28「グローバル化の実相3:食料争奪、食の安全保障

2011年03月01日 · 未分類

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森 健の『ニュースを解く読書』
— Dive Into Books with News — 2011/02/28 vol.12

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<< CONTENTS >>
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【1】今週のテーマ >>「グローバル化の実相3:食料争奪、食の安全保障」
【2】今週の1冊    >>『ランドラッシュ 激化する世界農地争奪戦』
<書名・著者・出版社・定価・amazonリンク>
<版元による「内容紹介」の引用>
<目次>
<要約>
【3】解説と雑感 >>「取り返しの付かない政策:TPP」
【4】おまけ 
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【1】今週のテーマ「グローバル化の実相3:食料争奪、食の安全保障」
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
いまから10年後、ビーフステーキやすき焼きは昭和時代よりもぜいたく
品になっているかもしれない。
理由は単純、食料が高騰するからだ。

2011年現在、原油と食料が高騰している。
食料の上がり方は2007~2008年の世界金融危機以前の高騰を上回る勢
いで、原油もそれに近い伸び方だ。原油の原因はチュニジア、エジプトの
政変に加え、その波がリビアまで及んだことが関係している。2008年の資
源高の際、ガソリンがリッター190円に迫りそうな時があったが、今回も
悪くすればそれくらいまで行くかもしれない。
だが、もっと気になるのは食料だ。

先週の18~19日にフランス・パリで行われた主要20カ国・地域(G20)
財務省・中央銀行総裁会議の主要テーマはまさに食糧問題だった。
昨年夏以来、世界では食料が高騰している。こちらの理由は複雑だ。
一つは世界的な干ばつによる不作がある。南米では大きな不作が続いてお
り、それによって価格が高騰している。加えて、2007年頃と同様、投機マ
ネーが入り込んでいる。
だが、今回はその時よりも複雑な要因が入りこんでいる。それが中国など
新興国の台頭だ。というのも、食糧費の高騰に一役買っているのが中国など
の取引額、取引量の増大だからだ。国家が経済成長し、中間層や富裕層が増
えることで消費が増大すると、電化製品や自動車、ブランド品などの消費が
増えるのはよく知られている。また、産業・企業側もそれを狙って、市場開
拓を狙っている。けれども、なにより市場として大きな影響があるのは、じ
つは食料だ。

すでに漁業などではその影響は数年前から出ている。「サシミ」を食べる
ようになった中国のせいで、マグロの市場価格は高騰。それ以外の各種魚も
世界の市場で日本の業者が中国に競り負けるという事態が増えている。イワ
シなどの(飼料にしていたような)安い魚でさえ、中国に買われている。
そんな一次産品の市場でさらに争いが移っているのが穀物だ。これまでど
ちらかと言えば、供給側にいた中国だったが、国内の需要が上昇したために
需要側になりだしている。そのために穀物市場が上昇しているのだ。

折しも、日本では18日、農林水産省から今後10年で食料価格が3割上昇
するという予測が発表された。要因は、やはり新興国の経済成長や人口増大
などで、小麦は24%、トウモロコシは35%、大豆は32%の上昇。さらに、
それらを飼料とする畜産の肉類はさらに高い。豚肉は32%、鶏肉は34%、
牛肉に至っては46%も上昇するとされた。
ということは、この先経済フレームに変更がなければ(いや、もっと悪い
変更はあるだろうが)2021年の牛肉は、現在100グラム900円の国産和牛
などは1300円/グラムほどになり、外食などでステーキ150グラムを食べ
ようとすれば、さほど高級店でなくとも、おそらく3500~4000円ほどに
なってしまうだろう。
おそろしい価格だ。

先のG20の話で言えば、結論から言えば、G20では何の有効な結論を出
せずに終結した。
新興国が需要増大を先進国から非難されれば、先進国(米国)は新興国
(中国)から金融の量的緩和で批判されるというやり取りだったからだ。
食料問題はペンディングされたままになった。
こうした事態が今後放置されていけば、食料問題はますます激化していく
だろう。そんな事態に思いを馳せば……。
おそらく10年後の外食産業の姿はずいぶんいまとは変わっているかもし
れない。

話を戻そう。

グローバルの化の実相として続けているシリーズの第3回は、食料の最前
線に迫ろうと思う。
この問題は前回も指摘したように、目下、菅内閣が進めようとしている
TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)にも大いに重なる問題だ。
なぜこの問題が重大かと言えば、その理由はいくつもあるが、まずもって
グローバル化でもっとも大きな問題になるであろう要因が何かと言えば、最
後に寄せられるのは食料と資源だからだ。

日本は少子高齢化と非婚化などで人口が減少していく状況だが、世界では
まったく状況が異なる。2050年には世界の人口は70億人にまで迫るといい、
いまよりも10億人以上人口が増えるとみられている。
そこで問題となるのが食料だ。
これはどう比較しても、原油などの資源よりも重い。
発電量だけならば原発にでも頼ることができるが(ただし、原発は運転し
はじめると発電量の調整がきかないので、春秋と夏冬では電気消費量が異な
る四季をもつ日本では、発電量に調整がきく火力発電のほうが便利でもある
のだが)、食料は代替が利かない。極端に言えば、エネルギーが多少入らな
くても国民はすぐに死ぬことはないが、食料は入手できなけければ死ぬこと
すらある。

識者の中には、国内にモノがなければ外国で買えばいいという話で終わら
せる人が少なくない。また、グローバルの時代なのだから、産地で豊富なと
ころから供給してもらえば問題ないという意見もしばしば目にする。
だが、それは間違いだ。目の前に電気がなくても、他の手段で生き延びる
ことはできるが、食料がなければ飢えてしまう。誰もが知る真実だ。

ずばり言えば、この先の世界は食料の争奪戦に入っていくということだ。
もちろんそれはいくつかあるうちでも、もっとも悪いシナリオではある。
だが、排除はできないどころか、かなりの蓋然性が高い問題なのだ。
新興国や途上国で人口と可処分所得が高まっていくことは間違いないだ
ろうが、それによって食料も奪い合いとなる。
現在日本の食料自給率は40%弱。供給過多なのはコメくらいだが、小麦
や大豆、トウモロコシといった穀物の多くは輸入に多くを依存している。そ
んな日本で、もし食料価格が高騰した場合、国民の生活に激しく影響が出る
ことは間違いない。

そこで考えねばならないのが、現在菅政権が進めているTPPである。
農水省の試算によれば、もしTPPが発効した場合、海外からの安い農産物
の輸入によって、日本の農業は大きな被害を受け、つまり、市場を奪われ、
食料自給率は14%まで下がると予想されている。
輸入が86%にまで高まった場合、価格が上げられてしまったとき、海外
で価格の圧力に屈しないのは不可能だろう。そうなれば、食料でどれだけ国
民の生活が苦しめられるか、想像は難くない。

もちろんこれらは悪いシナリオであって、現実にどう進むかはわからない。
ただし、さまざまな世界的な統計や見通しから言えば、よいシナリオに転じ
る確率は低く、いま農水省が出している可能性に進むほうが高い。
なぜそう言えるかと言えば、まさに2011年現在でも、世界では食料の争
奪戦がはじまっており、それはわたしたち日本の人たちが知らないところで
おそろしい事態にまで発展しているからだ。

そのリアルな現場がわかる本を紹介するのが、今回の本だ。
『ランドラッシュ』

NHKスペシャルの取材班による同書は、2010年2月に放送された内容と
そこでは描ききれなかったレポートを詳細かつリアルに記したレポートだ。
ロシア、中国、ウクライナ、タンザニアなどの国々を舞台に、取材チーム
は深く取材。銃を携行した警備員が農地をうろつくロシアの現場から、韓国
や中国、インドの人たちが世界各地で土地を獲得しようとしている実態、そ
して、世界の農業市場をグローバルに手中にしている国や組織など、いまの
農地争奪(ランドラッシュ)の姿を鋭い危機感のもとに描き出している。

TPPについては、個々人の判断よりも周囲がなんとなく「それがいいんじ
ゃないの」という空気があるために同意している人が多いだろう。だが、い
ま世界の農地で起きている現実を見ると、そんな曖昧な議論ではなく、きち
んとしたデータやつらい現実を目視しなければいけないのだということがわ
かってくるだろう。そして、二国間の協議ならともかく、TPPという包括協
議はほんとうに日本の金融資産が奪われるだけの狙いになっていることもま
た見えてくるはずだ。

※以下はfoomiiでお読みいただければ幸いです。
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2011_02_21「グローバル化の実相2:不均一な構造」

2011年02月23日 · 未分類

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 森 健の『ニュースを解く読書』
     — Dive Into Books with News — 2011/02/21 vol.11

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<< CONTENTS >>
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【1】今週のテーマ >>「グローバル化の実相2:不均一な構造」
【2】今週の1冊    >>『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』
  <書名・著者・出版社・定価・amazonリンク>
  <版元による「内容紹介」の引用>
  <目次>
  <要約>
【3】解説と雑感 >>「スケールフリー・ネットワークという暴力的な構造」
【4】おまけ 
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【1】今週のテーマ「グローバル化の実相2:不均一な構造」
◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆
 グローバル化の実相というテーマのもと、前回はBOP=Base Of Pyramid
と呼ばれる貧困層へのビジネスを紹介した。ビジネスの現場はもちろんそれ
だけではないが、貧困層までとらえようとする現状はある意味では、グロー
バルに展開する資本主義というシステムの終着点でもある。そう考えると、
「終わりのはじまり」がはじまったとも言え、この趨勢は非常に興味深い。
 そこで今回はそんな世界の変化をもう少し俯瞰で読み解きたい。

 現在の資本主義のあり方に疑問が広がったのは2007~2008年の米国発
の金融危機、世界的経済危機で、リーマン・ショック直後には「資本主義の
終焉」的な言葉が世界的に語られるようになった。
 上がり続ける相場などないことは過去の歴史が教えるところでもあり、そ
れをもって、スーザン・ストレンジが『カジノ資本主義』と批判したのが、
80年代半ばのことだ。同書の著者は統計的な手法よりもジャーナリスト的
な(若干情緒的な)スタイルで「誰かがババを引く」市場のあり方を批判し
たが、それ以前にも経済学者で市場原理の資本主義の欠陥を指摘した人もい
た。ハイマン・ミンスキー。彼については、経済産業省出身で現在京都大学
の助教を務める中野剛志氏が『恐慌の黙示録』で詳しく記している。

 中野氏はグローバルに資本主義、自由経済が拡大する中で、その問題と課
題について盛んに警鐘を鳴らしており、最近ではTPPを明確に誤りだと主張
していることで知られている。これは経済産業省という彼の所属組織を考え
ると非常に違和感があるが(本人もそれは意識していることは著書で述べて
いる)、彼の理論的基盤はかなり強固であり、その主張には説得力がある。
 その中野氏と同様、世界では異端視されながらも、現在の政治と経済に問
題があることを訴えている学者がいる。フランスの人口学者、エマニュエル
・トッドだ。

 トッドの主張は従来の経済が長く基盤としてきた前提を疑うことから始ま
っている。それは今回紹介する著書のタイトルに象徴的に表現されている。

『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』

 自由貿易は20世紀後半から現在まで世界経済を支配的に覆っている仕組
みであり、考え方だ。第二次大戦後、国家間で関税を調整する会合がもたれ、
GATT(関税および貿易に関する一般協定)がもたれたのが1948年。その
後、東京ラウンドやウルグアイ・ラウンドなど数回のラウンド(通商交渉)
が行われたのち、1995年にWTO(世界貿易機関)に引き継がれた。
 現在のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)もこうした自由貿易を促進
するための流れで、それ以前からある二国間協定のFTA(自由貿易協定)、
EPA(経済連携協定)を超えた多国間の経済・貿易協定だ。

 だが、前出の中野氏も主張するように、包括的な協定であるTPPが締結
されれば、日本はさらなる経済的打撃を受けることはほぼ確実だ。
 経団連など輸入や輸出に多くを軸足を置く経済界はTPPに賛成している
が、それはなによりも関税の撤廃という項目があるためだ。部材の輸入、
最終プロダクトの輸出などで関税がかけられるよりは、ないほうが企業的
には利益が出しやすくなる。
 一方で、778%など高い関税率をかけられて保護されているコメなど農
業では関税率が撤廃されれば、安い農作物が輸入されることになり、日本
の農家が相当な打撃を受けることが予想されている。
 また、農業のみならず、価格の安い商品が入ってくることで、消費者へ
の利益もあるものの少なくない産業が打撃を受けるほか、長く続くデフレ
基調がますます強くなるとも目されている。そうなれば、内需は一層悪化
するだろう。
 要は、自由貿易を強く推し進めることは必ずしもその国の経済にとって
利益とはならず、そればかりか、害悪にもなるという見方だ。

 今回紹介する『自由貿易は、民主主義を滅ぼす』というのは、経済マター
から政治マターに展開されたタイトルだが、その論理構成と背景事情は決し
て特殊なものではない。
 筆者もある面では著者トッドに共感する部分が少なくなく(全面的にでは
ないが)、その理論的支柱はたいへん参考になる。
 本来トッドを紹介するときには、代表的著作である『帝国以後』や『デモ
クラシー以後」などがふさわしいだろうが、本書は講演録や対談が主軸であ
り、読者にとっても(もちろん筆者にとっても)読みやすいという利点があ
る。基本的には2009年に10日間ほど来日した際に行われた講演や対談が中
心で、本書の中でテーマは何度も繰り返されている。また、松原隆一郎や辻
井喬などの論客と意見を戦わせるところもあり、彼の知見を叩く中で見えて
くるものもある。

 いずれにしても、トッドが問題視しているのはグローバリズムとその背景
にある巨大化する資本、およびミニマムに保護的、貴族的になる資本家層の
存在(階層化への懸念)、個人主義がはびこるなかで従来的なイデオロギー
もなくなり、政治がポピュリズム(大衆迎合)と衆愚によって無能な指導者
が礼賛されていく中で、民主主義も堕ちていくという構造そのものである。
 そこで指摘されている懸念は、筆者もかねて問題視していることであり、
過去にも記していることでもある。

 おそらくそれは経済の問題も政治の問題も客観的に見れば、スケールの問
題、量的な増大が質を変えるという側面もあると筆者は思う。科学で言うと
ころの相転移の問題。それは後半の解説で言及したい。

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新刊案内「勤めないという生き方」

2011年02月17日 · 未分類, 自著

勤めないという生き方こんにちは。新刊案内です。
2月18日、メディアファクトリーから『勤めないという生き方』という本を上梓します。

タイトルが示すように、本書は会社に勤務していない人、つまり、会社を辞めたり、あるいはそもそも一度も就職をせずに独立したり、という人たちを描いた本です。
登場するのは、個人事業主もいれば、法人の代表もいますが、いずれも単に規模拡大を目指したりするのではなく、身の丈にあった仕事をしたり、自分の理想とする生き方を追求したり、という人たちです。

この数年、雇用が悪化する中で就職に関する取材を続けていますが(『就活って何だ』『ぼくらの就活戦記』)、どこか雇用がいびつな状況になっている感を否めません。
人気企業には5万人といったおそろしい数のエントリーが寄せられ、あふれた学生は「就活浪人」「就活留年」を選択。やりたいことを考えるよりも安定と収入ばかりを志向した結果で、いまや高校生の理想の職業一位は公務員です。安定や収入を目指すこと自体は悪いことではありませんが、いま起きている現状を見ると、仕事や働くということに対して、思い違いをしているようにも思いますし、そもそもあまりに夢がありません。

一方で、世の中を見渡すと、そんな大勢とは真逆の選択をした人たちも少しずつ現れつつあります。サラリーマンという安定を捨て(あるいは元から選ばず)、自分が納得できる仕事を選ぶ。自分のしたい仕事に飛び出す人たちが徐々に増えている。そうした事業に就き始めた人には、大企業をやめて参入したという人も少なくありません。会社という既存の組織をやめ、個人や法人で独立する。それはたいへんなリスクです。まして、「儲かる」という基準ではなく、「好きなことをやる」という基準になると、多くの人は「おいおい、ちょっと待てよ」と思うのが自然でしょう。
でも、そういうことをしてきた人もいるのです。
本書は、そんな人たちを北に南に取材に訪ねていった本です。
勤めないという生き方_新刊案内
登場いただいた方は13名。職人、農業、地域、お店、NPOと大まかに分類したうえで、これまでの軌跡や転機のタイミング、折々の考えなどに焦点をあてました。なかには、トヨタ自動車、ワコール、博報堂、住友建設(現三井住友建設)など優良企業をやめたかたもいますし、学生時代からそのまま自分の好きな道に邁進してきた人もいます。北海道、東京、長野、京都、島根、高知、沖縄……と、日本全国さまざまな場所に赴き、彼らの話に耳を傾けてきました。
本書はいわゆる「成功本」ではありません。順調に事業を進めている方もいれば、いまひとつ思わしくない状況にいる方もいます。対象者は20代後半から40代前半。どの方もまだ途上というのが適切な言い方でしょう。

それでも、本書に出ている方にはみな強い魅力がありました。表情には、ひとつ抜けたようなさわやかさと強さがあり、そして、どこかいい加減でもある(そうでなければ独立というリスクをとらないとも言えますが)。取材の過程で、その呑気さや無謀さに驚いたり、笑ったりということは少なくありませんでした。
ただし、腹のくくり方は共通していました。自らの好きなことをし、それで食べていく。その点については、みなほぼ揺るぎなく確信をもっていたように思います。そして、そこに彼らの生き方のおもしろさもありました。

勤めて働くことと、勤めないで働くということに、優劣の差はありません。どちらにもそれぞれ固有の厳しさと面白さがあります。
多様性ある豊かな社会、といった掛け声はさまざま耳にしてきましたが、仕事に関して、働くということに関して、現状それが実現したとは言いがたい状況です。けれども、本書に登場した人たちのように、自分の感性や意志を軸に生きていく人たちが現れつつあるのは、そんな社会に少しは近づいている証かなと思っています。

もう一つの働き方、仕事の楽しみ方を本書を通じて感じてもらえたら、筆者としてはなによりうれしいです。
ぜひご一読ください。よろしくお願いいたします。

こちらが新刊案内のPDFです。

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2011_02_14「グローバル化の実相1:世界的変化の日本での変化」

2011年02月14日 · 未分類

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 森 健の『ニュースを解く読書』
     — Dive Into Books with News — 2011/02/14 vol.10

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<< CONTENTS >>
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【1】今週のテーマ >>「グローバル化の実相1:世界的変化の日本での変化」
【2】今週の1冊    >>『BOP 超巨大市場をどう攻略するか』
  <書名・著者・出版社・定価・amazonリンク>
  <版元による「内容紹介」の引用>
  <目次>
  <要約>
【3】解説と雑感    >>「20年後のビジネスを想像/創造できるか」
【4】おまけ 
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【1】今週のテーマ「グローバル化の実相1:世界的変化の日本での変化」
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 おそらく2008年のリーマン・ショックないしは世界的金融危機がすべて
のきっかけだったと思う。
 中国やインドなど2002年以来、BRICsと呼ばれる新興国が急速な経済成
長を遂げてきたのも理解はしていたし、日本などはそれによって2000年代
の成長のステップとなった。
 だが、CDOやCDSというデリバティブの金融商品の市場崩壊によって、
先進国の経済が大きく後退。輸出に頼って成長していた日本企業は急激な消
費不振に襲われ、一気に経済は悪化する流れとなった。
 だが、これはあくまでもきっかけだった。
 何のきっかけだったかと言えば、本当の世界の変化を認識し、それに合わ
せるためのきっかけだ。

 その劇薬のような症状から半年ほどした時点で、日本はさまざまな変化を
打ち出すようになってきた。
 これは、それまでハイプな株価に目眩ましされていた企業が、人口減少と
少子高齢化で市場が急減していく日本の将来と、その反対に伸びていく市場
である海外に活路を目指していくことに、ようやく実感として気づいていっ
た過程でもある。

 その明確な表れが大学生の新卒採用数の急減だ。
 製造業でもサービス業でも大幅に採用数を減らし、およそ前年比で25%
が減らされることになった。それは単に数だけの話ではなく、質の面でも慎
重に検討され、その会社において基準に達しないのであれば、採用しないと
いう「厳選採用」という風潮も生み出した。
 そもそも伝統的な企業は20年、30年と雇い続けることを想定して、採用
を決める。であれば、日本の20年先、30年先、世界の20年先、30年先に
思いを馳せれば、国内の市場に対する社員数を減らすのは当然のことだ。
 その結果、学生にとっては「超就職氷河期」となった。

 この変化と対照的に動き出したのが、本社における外国人社員の採用だ。
 これまで海外に複数拠点を置く企業は、その国で現地法人をつくり、そこ
で社員も採用し、活動するという流れだった。もちろんいまなおそれは変わ
っていないが、それを補うように日本の本社(ヘッドクォーター)でも外国
人を採用しはじめたというところに、いまの人材のグローバル化の大きな流
れの一端がある。

 こうした人材戦略が企業の裏側の側面だとすれば、表側=事業戦略は明確
に海外に向きだした。
 それは単に新興国という枠組みでは捉えられない方策だが、攻め方として
は、上方展開と下方展開とある。

 上方展開の一つが、インフラ輸出だ。
 原子力発電所、鉄道(高速鉄道、都市鉄道)、送配電、上下水道、リサイ
クルなどおよそ9つの分野に絞って、霞が関(経産省、資源エネルギー庁)
と複数の特殊法人(外郭団体:石油天然ガス・金属鉱物資源機構や新エネル
ギー・産業技術総合開発機構など)とともに、商社やインフラ企業が本格的
に稼働しはじめた。
 昨秋契約をとることに成功したベトナムの原発計画はその成功例だが、ほ
かにもインドのデリー=ムンバイ大動脈構想などもすでに受注しており、多
数のプロジェクトが世界で交渉の土台に入っている。これはインフラという
国家基盤に関わる主要技術であるため、たいていは政府間協議が欠かせず、
いわば上からの事案である。

 そして、下方展開の一つが、下からの市場開拓、BOP戦略だ。
 BOPとはBase Of Pyramidの略で、いわゆる底辺層のこと。アジアやア
フリカ諸国に多数居住する人たちで、この層は40億人以上いる。

 数年前、日本では中国など新興国の「中間層」を掘り起こすべきだという
記事が多く出た。中間層とはおよそ年収で200万以下だが、積極的な消費意
欲をもつ層のこと。中国にはこの層だけで数億人はいるとされ、それに目が
けて市場開拓をするべきだと、あるいはこれだけ斬り込んでいるという記事
が多く出た。
 だが、いまから思えば、それでもまだ日本企業は出遅れだったという感が
否めない。
 なぜなら、世界のトップ企業は、まだ数としては少ない中間層よりも所得
は少ないけれども、膨大な人口がいるBOP=底辺層のほうにターゲットを絞
りだしていたからだ。
 世帯年収で90万円未満。あるいは1日の生活費用が1ドル。そう聞くと、
ほとんどの日本人ないしは日本企業は「そんなところにビジネス展開したっ
て、ペイしないじゃないか」「何を寝ぼけたことを。社会貢献のつもりか?」
と苦笑を浮かべるのが関の山だろう。
 だが、そうした認識が大きな市場展開の遅れを招いている。

 この層は、単なる数字で判断すると大きな市場を見逃してしまうほどの消
費意欲がある。たとえば、年収90万円でも大型液晶テレビも新型冷蔵庫も
もっているし、1日1ドルの家でもバイクは購入するし、携帯電話は必須だ。
 毎月数百円でも貯金をして将来の買い物に備えるし、子どもの教育には収
入の2割を注ぎ込む旺盛な教育熱もある。
 詳細は省いて言えば、彼らは未来が明るくなる、経済が発展するとわかっ
ているからこそ、消費も積極的にしているのである。
 この層=最後の未開拓層に世界中のトップ企業が激しい攻勢をかけている。
 この層の取り合いこそが、2010年代以降の20年をきめると言っても決し
て過言ではない。

 話を戻そう。
 要は、2010年代以降の世界のありようは、この数年ではっきり見えてき
つつあり、それに対して企業も行政も手を打ち始めたのが現在だ。
 それはこれまでの言葉だけの「グローバル化」から、本当の意味での本格
的な「グローバル化」の到来でもある。もう少し具体的に言えば、ヒト・モ
ノ・カネのうち、国内では達成されていなかったヒトがグローバル化すると
いうことでもあり、モノとカネは本格的に海の外に重心が移っていく過程で
もある。

 そこで、今回から数回、「本当のグローバル化」というシリーズで、いま
日本に訪れつつあるグローバル化の本当の一面を見ていきたいと思う。

 初回の今回は上記に記した変化のうちから、最後に記した「BOP」=底辺
層へのビジネス攻勢についての本を紹介しようと思う。

『BOP 超巨大市場をどう攻略するか』

 今年1月に出たばかりの本だが、おそろしく生々しい現実に満ちている。
 著者陣は野村総研の研究員たち。ほぼ同じメンバーで昨秋11月に似たよ
うな本『BOPビジネス戦略──新興国・途上国市場で何が起こっているか』
が出ているが、比べて読んだところ、今日紹介する本のほうが読みやすく、
また伝わる衝撃度合いも強かった。

 底辺層と呼ばれる人たちの生活実態はどういうものか、本書で知れば、
ぼんやりしていられないことが誰にでも実感できるはずだ。

※以下はfoomiiでお読みいただければ幸いです

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